大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ヲ)2090号 決定

申立人 ファーストクレジット株式会社

右代表取締役 岸本恭博

申立人代理人弁護士 長谷一雄

相手方(所有者) 黒木角矩

別紙物件目録記載の不動産に対する当庁平成三年(ケ)第六八二号不動産競売事件につき、申立人から売却のための保全処分命令の申立があったので、申立人に金一〇〇万円の担保を立てさせて、次のとおり決定する。

主文

相手方は、買受人が代金を納付するまでの間、別紙物件目録記載(一)の不動産につき、事務所・寄宿舎等の建物を建築し、又は工作物を設置してはならない。

理由

一  当事者双方の申立の内容

(一)  本件は、売却のための保全処分(民事執行法五五条)として、上記の命令が求められたものである。

(二)  申立人は、別紙物件目録記載の土地・建物について、抵当権の実行としての競売を申し立てた差押債権者である。

同目録(一)の土地(以下「本件土地」という。)は、別紙地積測量図表示の[A]の部分と[B]の部分とから成り、同目録(二)の建物(以下「旧建物」という。)は、その[A]の部分上に存在した。

ところが、競売開始決定後の平成四年二月一二日、旧建物は火事によって消滅した。

相手方は、旧建物とほぼ同じ規模の建物(以下「建築予定建物」という。)を新たに建築しようとしている。

(三)  申立人は、建築予定建物が建築されると、本件土地の価格が著しく減少されると主張して、その建築禁止を命じる保全処分を求めた。

(四)  相手方は次のように主張して、[A]の部分について申立を却下するよう求めた。

ア  建築予定建物はプレハブ建物で、地面に木杭を打ち込んでその上に乗せる構造のものである。三日以内に収去できる程度のものであり、登記もできない。

従って、建築予定建物が建築されても、法定地上権は発生しない。かえって、旧建物に付着していた賃借権の負担がなくなるのだから、この方が申立人には有利なのである。

イ  申立人と相手方は、本件土地を[A]の部分と[B]の部分とに分筆し、[A]の部分及びその上にあった旧建物については、抵当権を抹消する旨の約束がなされていた。

従って、この部分については、抵当権を実行すること自体が相手方に対する債務不履行であって、許されない。

二  当裁判所が保全処分の申立を認めた理由

当裁判所は、保全処分の申立を認めるべきであると判断して主文のとおり決定した。その理由は次のとおりである。

(一)  本件土地上に建築予定建物が建築された場合、法定地上権は成立するか。当裁判所は、成立しないと判断する。その根拠は以下のとおりである。

土地と地上建物に抵当権が設定され、法定地上権の発生要件を満たす場合、建物に設定された抵当権は、建物と法定地上権の価値を把握し、土地に設定された抵当権は、土地の価値から法定地上権の価値を差し引いた価値を把握する。こうして抵当権者は、土地の価値全部を把握することになる。

地上建物が消滅すると、建物に設定されていた抵当権もその目的を失って消滅し、その代わり、土地に設定されていた抵当権は(その状態のままでは法定地上権が発生しないので)土地の価値全部を把握することになるが、差押までに建物が再築された場合には、その再築建物のために法定地上権が成立する(新建物を基準とするか、再築建物を基準とするかは別として。)ため、土地に設定されていた抵当権は再び、土地の価値から法定地上権の価値を差し引いた価値のみを把握することになる。しかし抵当権者は、それでは多大の損害を被るので、通常は、再築建物にも抵当権を設定するよう要求するであろう。また所有者も、この要求を受け入れるのが誠実な態度であり、通常は受け入れるものと思われる。

これに対し、再築が差押後になされた場合には、差押の処分禁止効により、法定地上権は発生しないと解される。もっとも、再築は法律行為ではなく、法定地上権は法律の規定によって発生し、当事者の法律行為(処分行為)によって発生するものではないのだから、厳密な意味での「処分」ではないかもしれない。けれども、再築は法定地上権発生の原因となるべき事実であり、これをもって、差押によって禁止される「処分」と見ることができる。

このように解すべき実質的な根拠は、次の点にある。すなわち、差押後の段階においては、抵当権者が、再築建物に抵当権を設定するよう求めても、所有者がそれに応じる可能性は低い。仮に所有者には受け入れる意思があっても、他の債権者等の妨害により、これが妨げられるおそれもある。というのは、差押後は、もはや債務不履行の状態が現実に発生しており、他の債権者の抱く利害関係は極めて切実なものとなっているからである。従って、法定地上権の発生を認めることにより、抵当権者は、極めて高い確率で、法定地上権に相当する価値を失ってしまうことになる。このような結果を容認することはできない。それ故に、法定地上権の発生を否定すべきなのである。

(二)  本件は差押後に建物が再築されようとしている場合であるから、(一)に述べたとおり、もはや法定地上権が発生する余地はない。従って、抵当権者は、当初から更地に抵当権の設定を受けた場合と同様の地位に立つ。

そして、更地上に建物が建築されると、土地の価格が大きく下落することは常識である。なぜなら、その収去費用はいうまでもなく、その上、土地の買受人が地上建物の収去を求めるためには訴訟を要する(民事執行法八三条の引渡命令によって地上建物を収去することはできない。)から、訴訟に要する時間や費用等の負担があり、またそのために買受希望者が減少するなどの事情があるからである。ゆえに、そのような行為は「不動産の価格を著しく減少する行為」(民事執行法五五条)に該当する。

(三)  もっとも、(一)で述べた見解と異なり、差押後の再築の場合も法定地上権が成立するとの見解を採用したとしても、再築行為が「不動産の価格を著しく減少する行為」に該当することに変わりはない。なぜなら、旧建物が消滅した状態においては、抵当権者は土地の価値全部を把握していたのに、建物の再築によって法定地上権が発生すると、抵当権者は法定地上権に相当する価値を失ってしまうことになり、抵当権者の利益が著しく害されるからである。なお、その場合に、再築建物に抵当権の設定を受けることが期待できないことは、上に述べたとおりである。

(四)  相手方は、建築予定建物が三日以内に収去できる程度の簡易なものであるなどと主張する(ア)。しかし、そうであったとしてもなお、建築により土地の価格が著しく減少することは既に述べたとおりであり、この主張は失当である。

また相手方は、旧建物には賃借権の負担が付着していたが、その負担がなくなるのだから、この方が申立人に有利であるとも主張する。けれども、建築予定建物には抵当権の効力が及ばない以上、意味のない主張である。

(五)  相手方は、抵当権の実行が債務不履行であるとも主張する(イ)が、そのように認定できるほどの証拠は提出されていない。

(裁判官 村上正敏)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例